陰陽五行の法則:

小宇宙と大宇宙の行程

自然の中の氣エネルギーは、愛と幸福という情報によって、一定の周期で変化し、繰り返されます。変化は陰陽五行の法則に支配されています。宇宙は永遠にこれらの陰陽五行の法則に従って存在します

人間を小宇宙と呼ぶが、それは宇宙の法則と同じ法則で人間の生命が生みだされ、変化し、終わるからで。人間がどこから来て、どこに行くのかという、人生についての基本的な真実を知らなければ、自分の欲求や感情の絶え間ない変化に簡単に揺り動かされて、内面の平和や幸せを失い、身体の氣を曇らせ、氣経絡を遮断してしまいます

遮断された身体の氣エネルギーの流れは精神、身体の苦痛、痛み、不治の病さえ引き起こしますそして、人体が小宇宙とみなされるようには、身体の内臓器官もまた五行に関連付けて理解されています。すべてのものも小宇宙で互いに繋がっているように、すべての臓器は体の中で一つのシステム(氣変化のプロセス)として互いに関係しています

現代のストレス関連の病気を氣の欠乏と氣の遮断から起こるものとし、それらには氣の運用という手段を処方するので。氣の運用の根本原理は水昇火降によって氣循環を維持することにあります。それはあたかも太陽光が地に降り注ぎ、水が蒸発し、空に昇っていく動きと似ています。水を根と茎から引き揚げて太陽光のエネルギーを根に降ろす光合成を行う植物のようでもあります。生きとし生けるものはすべて生命の維持のために循環活動を行っています

同じ原理は人間の体にも適応される。つまり、それが水昇火降で。通常の循環では、体内の火エネルギーは下のエネルギーセンターに引き降ろされ、腎臓のエネルギーは心臓に上げられます。腎臓に充分に水エネルギーがなければ、火エネルギーを下のエネルギーセンターに降りることが出来ずに身体症状を引き起こします。内部か外部のコントロール不能の要素によるストレスがあるときにこのような事態になります

この時、感情的心理的ストレスは体内の氣の流れを遮り、氣の循環を逆流させます:火エネルギーが上に上がり、下に水エネルギーを沈めてしいます。もし、このように時間の長い期間氣循環がさえぎられると、水エネルギーの不足が起こり、その結果火エネルギーは頭から降りることが出来ない。水氣が肝臓で不足すると、火氣は上体でとどまり、下のエネルギーセンターに降りることが出来ないで。それは様々な病気の原因となります

例えば、脱毛、ドライアイ、頭痛、口渇、消化不良、手足の冷え性、首のこり、慢性疲労であります。この類の循環の問題は中間のエネルギーセンターが詰まると起こります。心臓と腎臓との間の氣循環が遮断されるのであります。疎外感、ふさぎ込み、抑うつや孤独な気持ちなどの感情的症状は中間のエネルギーセンターのそうしたつまりからきます。感情的な影響に加えて、続く不安感や神経過敏は精神集中を損ないます。これらの感情的精神的な問題は、高血圧、慢性消化管疾患や卒中のような身体症状の主な原因となります。感情の不安やうつ、集中力の欠如は反社会的な行動や自殺に現れることがあります。 

 感情的なストレスはこの自然の氣の流れを止めてしまい、この氣の流れを逆流させてしまうこともあります。慢性疾患からこの火昇水降がはじまります。この氣の逆流が体内に起こると、胸から頭にかけての上体は温まり、胃の部分から体の下半分が冷たくなる。肩こり、慢性疲労、目の充血、赤ら顔は体内の氣の流れが滞ったときの症状であります

逆に、氣が滞りなくよく循環すれば、明確で集中ができ、内臓は消化問題や便秘なくよく機能するし、優しい気持ちに溢れ、より忍耐ができ、自制がききます。体内の氣の循環が良いことが本来の水昇火降であり、この氣の循環が滞らない限り生命は続きます。つまり、水昇火降は命の「道」なのであります

仁義礼智信とは正しい生き方

小宇宙としての人の道、守るべき徳を説いた孟子の教えが「仁・義・礼・智、信」といいます。
そのうちの仁は、人間が守るべき理想の姿です。自分の生きている役割を理解し、自分を愛すること、そして身近な人間を愛し、ひいては広く人を愛することです。義・礼・智・信それぞれの徳を守り、真心と思いやりを持ち誠実に人と接するのが、仁を実践する生き方です。

義とは、人の歩んでいく正しい道のことです。義をおろそかにすることは、道を踏み外すことになります。仁を実践する基本として、義を貫くことが必要です。本当に人を愛し思いやる生き方は、正義を貫いてこそ成り立つのです。

人の世に秩序を与える礼儀礼節は、仁を実践する上で大切なことです。親や目上の人に礼儀を尽くすこと、自分を謙遜し、相手に敬意を持って接することが礼、場合に応じて自分を律し、節度を持って行動することが節といえます。

智とは、人や物事の善悪を正しく判断する知恵です。さまざまな経験を積むうちに培った知識はやがて変容をとげ、智となって正しい判断を支えます。より智を高めるには、偏りのない考え方や、物事との接し方に基づいた知識を蓄えることが必要です。

信とは、心と言葉、行いが一致し、嘘がないことで得られる信頼です。嘘のために一度損なわれた信頼を、取り戻すのは難しいことです。たとえ、仁なる生き方を実践していても、人に信頼されないことには社会で生きていけません。信頼は、全ての徳を支えるほどに大切なのです。

見えない世界と見える世界は一つの原理によって循環しています。これは陰と陽、「心(精神)の時代」と「物質の時代」の繰り返しです。「物質の時代」は見える物が中心の時代であり、他人と心の壁を作り弱肉強食のような競争が激しい時代、いわゆる「群衆の中の孤独」の時代です。「心の時代」は人間の本性を高めることが大事です。